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旅たび倶楽部 第59回部録

2018.09.19.08:20

つくば市の古墳と史跡を巡る

2019年9月12日(水) 曇り  

 筑波山と研究学園都市の二つに代表される茨城県つくば市を、今回は古墳と史跡という観点から巡った。100m超級の巨大古墳こそ無いものの、つくば市には古墳をはじめ各年代の史跡が徒歩圏内に分布している地区があり、それが現代生活に活用されている事例が見受けられる。まずつくば市内の北方、筑波山を背景として、90m級の前方後円墳が見られる八幡塚古墳、次いで筑波街道沿いに古い町並みの残る北条地区から国の史跡・平沢官衙(かんが)遺跡を見学、さらに市内の東方、様々な史跡が残る金田(こんだ)地区を訪れた。

参加者:  柳沢道生、岩瀬 翠*、野崎芳信
                  *つくば市小田シャトルまで
   
集合写真:  つくば市北条 つくば道道標にて

b0912 つくば-集合

1.沼田八幡塚古墳
 朝11時前、つくばエクスプレス(TX)・つくば駅に集合。駅前のつくばセンター・バス停から11時発の関鉄バス・つくばシャトルに乗る。学園東大通りを北進、筑波山が次第に大きく見えてくる。乗車約30分、筑波山南麓、沼田バス停で下車。
 南に歩くと関東鉄道筑波線の線路跡を改修したサイクリングロード・つくばリンリンロードに出る。それを南東に進み、西に向かうと前方に森が見えてくる。これが沼田八幡塚古墳、全長約91mの前方後円墳、6世紀前葉の築造と推定され、県の史跡に指定。後円部墳頂には沼田八幡神社の社殿が鎮座しており、古墳名の由来となっている。沼田八幡神社に参拝した後、古墳の北側に回る。
 北側から筑波山を背景にした沼田八幡塚古墳の墳形が良く分かる。八幡神社が鎮座する後円部は木々で覆われ、前方部は草地と対照的である。西側の畑地に園内板に記載があった円墳が所在する。規模・築造年代は不詳、陪塚と見られるが名称は記されていなかった。ここでは沼田円墳と仮称した。
 徒歩5分ほどの筑波山口バス停からバス便はあったが、本数が少なく、待ち時間が惜しいのでタクシーで、つくば市北条に向かう。

b09125-1 沼田八幡塚

2. つくば市北条
 北条のつくば道道標で下車。北条は筑波街道沿いの町並みで、江戸初期にここから筑波神社社殿改築のために敷設され、その後参道となったのが「つくば道」だ。北条はその起点で石造の道標が立っている。ここで集合写真を撮る。
その東側に白壁土蔵造の商家・宮本家住宅がある。醤油の醸造・販売「宮清」を営み、江戸末期築の店蔵など約七百坪の邸内の7棟、新蔵・大蔵、居宅、離れ、炊事場、門、味噌小屋・車庫が国の有形文化財に登録されている。
宮本家の隣に商家の店蔵を改装したうどん店。その奥に筆者が所属する日本茅葺き文化協会の事務局がある。ご挨拶に伺う。
その隣にカフェ・ポステン、大正時代築の旧常陸北条郵便局の局舎兼局長宅を改装したカフェである。ここも国の有形文化財に登録されている。ここで昼食。常陸牛と北条米を使ったキーマカレープレートをいただく。
カフェ・ポステンの北側には建材研究家・実業家であった矢中龍次郎の近代和風建築の邸宅、矢中の杜があり、ここもまた国の有形文化財に登録。ただし、公開は土日・祝日に限られており、訪問は割愛した。
その東側に北条八坂神社が鎮座している。天喜年間(1053-57)源義家が創建したと伝わる。本殿・鳥居は天保18年(1733)の再建。北条の氏神として崇敬された。社殿脇に天文6年(1537)造立の五輪塔・県指定がある。社殿は径約10mの円墳・八坂神社古墳上に鎮座。築造年代不詳。社殿造営に伴い改変された。
つくば道道標から北条八坂神社まで徒歩5分ほどの距離だが、この間に文化財が密集している、つくば市北条はそんな地域である。

b09125-2 北条①

b09125-3 北条②


3. 中台1号墳~北条大池
 北条八坂神社から筑波街道・県道138号を東に約5分、北側への道を入るとすぐに、畑の中に小高い丘が見える。つくば市北部、北条地区一帯の台地上に分布し、6世紀後半~7世紀前半に築造と推定される66基の古墳が確認された中台古墳群の1号墳である。近付けば大型の横穴式石棺が露出している。古墳自体は封土をかなり失っており、元来の墳形や規模は不詳である。
 さらに、筑波街道を東に進む。5分ほどで北上すれば右手に大きな池が見えてくる。北条大池である。筑波山麓、桜川左岸は古くから良質な、筑波北条米の産地として知られた。その水田への農業用水の溜池である。周囲は大池公園として整備され、桜の名所としても知られる。大池の南側には体育館・野球場・テニスコートなどスポーツ施設が設けられている。大池の西側に馬頭尊の大きな石碑が立っていた。いわゆる馬頭観音、元々仏教の六観音の一つで、江戸時代には輸送用馬・農耕馬などの供養のため街道筋に造立されている例が多い。
 
b09125-4 中台1号-北条大池

4. 平沢官衙遺跡
 北条大池の北西、なだらかな草地の斜面に歴史的建造物が三棟並んでいる。国の史跡・平沢官衙遺跡、奈良・平安時代、8世紀前半~9世紀中頃の常陸国筑波郡の郡役所跡である。掘立柱建物跡が55棟、礎石建物基壇跡4基、大溝跡や柵列跡、竪穴住居跡25軒が発掘されている。一帯は歴史ひろばとして整備されている。三棟の歴史的建造物は復原された古代倉庫である。
 右側は一号建物、寄棟造木板葺き校倉造の建物で、中規模以下の倉庫に多く見られる様式である。真中は二号建物、寄棟造茅葺き土壁造双蔵構造の建物で大型倉庫に用いられた様式である。左側は三号建物、切妻造木板葺き板倉造堀立柱建物で、二号同様大型倉庫に用いられた様式である。
 歴史ひろば入口にある平沢官衙遺跡・歴史ひろば案内所に立ち寄り、北条大池西側を南下、つくば市のコミュニティバス・つくバスの大池・平沢官衙入口バス停で小田シャトル便のバスを待つ。

b09125-5 平沢①

b09125-6 平沢②
 
5. つくば市金田西
 小田シャトル便はつくば市内北方から市内東部を南下し、TXつくば駅に至る。大池・平沢官衙入口バス停から約30分、金田西バス停で下車する。岩瀬さんはそのままさらに約10分、終点のTXつくば駅まで乗り、そのまま帰路に着く。
 金田西バス停にそばに金田池がある。これも農業用水の溜池だ。池面は蓮の葉で覆われている。池の西側の路傍に小堂があった。見れば扁額に道祖神とある。道祖神は田舎の路傍に良く見るが、お堂のあるものは珍しい・
 そこから北に入れば、金田官衙遺跡がある。奈良・平安時代の常陸国河内(かっち)郡の郡役所跡で、国の史跡に指定されているが、案内板などはなく、およその地域を推定するしかない。昭和34年(1959)、当地の南側にある市立桜中学校の校庭拡張工事に際して、総柱の掘立柱建物跡と大量の炭化米が発見され、本格的発掘調査が行われるきっかけとなったという。
 金田池に戻り北に向かう。徒歩数分、左手に割烹旅館・つくば館山城がある。その裏手の小高い丘が金田城址だ。小田城の支城・小田四十八館の一つとされる。戦国初期に小田氏の家臣・沼尻又四朗の居城であったと伝わる。天正2年(1574)、佐竹氏の攻撃による小田氏滅亡とともに廃されたと推定される。山城の庭園は観覧無料とあり、よく整備された庭の風情を楽しみつつ、裏山に向かう。庭からの通路は空堀とおぼしき地形まで続いていた。
 山城から北に徒歩約5分、民家の西側に金田古墳がある、全長約75mの前方後円墳、5世紀後半~6世紀初頭の築造と推定。平成24年(2012)の測量調査によって、円墳と推定する説が有力となった。緑が深く、墳形は定かではない。

b09125-7 金田西①

b09125-8 金田西②

b09125-9 金田西③

6. つくば市金田東
 金田古墳から東に田圃を横切り、小道を南東に数分歩けば金田八坂神社がある。創建年代不詳。古くは、常陸国新治郡大(おお)、岡、金田の三ヵ村、現在はつくば市金田地区の鎮守である。境内に古墳の石棺の蓋・島田石がある。大正期の女性の結髪形・島田まげに似た形状が名の由来だという。別名・子持ち石・龍宮婦石大明神、安産の守り神として信仰されている。
 金田八坂神社の東側に浄土宗の寺院、護念山証誠寺がある。応永元年(1394)、現つくば市小田の大念寺の末寺、証誠院長福寺として創建。正徳年間(1711-16)に院号を現寺号に改称した。狸囃子で名高い木更津の証誠寺は「しょうじょうじ」と読むが、当地の読みは「しょうせいじ」と異なる。
 その東側に茅葺き古民家、旧沼尻家住宅主屋を改装したイタリアンレストラン・藤右ェ門 栄がある。全席予約制とのこと。同じ敷地内に土蔵を改装したベーカリーカフェ・蔵日和があり、カフェは予約なしで利用できるはず、と行ってみたが今日は店側の都合で予約客のみ利用可とのこと。やむなく、店内を見学し、売店でお土産に焼きたてのフランスパンと塩パンを購入する。
 藤右ェ門 栄の側にある金田東バス停でつくバスを待つ。隣に現役と思われる火の見櫓があった。訓練だろうか、使用後の消防ホースが干されていた。つくバス小田シャトル便に乗りTXつくば駅へ。それぞれTXで帰路に着いた。

b09125-10 金田東①

b09125-11 金田東②

b09125-12 金田東③

所 感
 本来、このコースは7月18日(水)に巡る予定であったが、その日は35度近い猛暑が予報され、9月に延期した。9月12日(水)も残暑の懸念があったが、当日は曇り空、現地では秋風にも恵まれ、まずまずの散策日和であった。
 今回訪れたつくば市北条地区~平沢官衙遺跡と、金田地区はともに各時代の史跡が重層的にある地区だが、前者は国の登録文化財をはじめとして案内板などが整備され、余り歴史に興味の無い方々でも散策が楽しめる地区だ。これに対し、金田地区は金田古墳にも、国の史跡に指定されている金田官衙遺跡ですら、案内板は見当たらなかった。金田八坂神社の島田石も、塀に架けられた案内板は汚損が激しく、石の近くに標識などは無かった。藤右ェ門 栄-蔵日和という素晴らしい拠点施設があるだけに、勿体ないという感を禁じ得なかった。今後の地域の歴史的資産の再評価と環境整備に期待したい。         (幹事・柳沢記)



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