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旅たび倶楽部 第47回部録

2017.05.31.07:15

埼玉県熊谷市 新緑の古墳群を巡る

2017年5月24日(水) 曇り  

 行田市や高崎市ほど著名ではないが、熊谷市にも古墳群がある。市内北西部の秩父鉄道沿線北側と、市内南東部の国際十王バス・熊谷駅~東松山駅の路線沿い、東松山市との市境付近に分布している。ともに、100m超の大型古墳は見られないが、北西部には全国的に希少な上円下方墳として国の史跡に指定されている宮塚古墳があり、南東部には比較的原形を留める70m級の前方後円墳・とうかん山古墳がある。今回は新緑の中、熊谷市の古墳群を巡った。

参加者: 野崎芳信、柳沢道生、岩瀬 翠(ひろせ野鳥の森駅まで)

集合写真: 熊谷市箕輪、とうかん山古墳墳頂にて

b0524-0 とうかん山-集合
  
1.石原古墳群
 10時25分、熊谷駅南口に集合。タクシーで熊谷市石原の真宗寺付近に。この一帯に石原古墳群が分布している。当地はかつて石原百塚・四十八塚などと呼ばれ、明治初期には三十六塚があったと伝わるが、現状は8基のみが残るという。住宅地の一角、空地に古墳が2基ある。南側に石原4号墳、径18mの円墳。北側に石原5号墳、全長34mの前方後円墳である。そこから西に徒歩3分、太平洋セメント熊谷寮の駐車場に整備された円墳がある。石原1号墳、径18mである。
 北に徒歩3分、国道140号を渡れば臨済宗妙心寺派の寺院、法雲山東漸寺がある。江戸初期創建と伝わる。墓地に円墳が2基残る。墓地東側に石原14号墳、径20m。中程に石原15号墳、墳丘が削られ痕跡が残る。規模不詳。
 墓地の北側、畑の中にこんもりとした緑が見える。おとうか山古墳、径27mの円墳である。あぜ道から公道に出て徒歩5分ほど。アプローチが難しい。

b0524-1 石原4・5号墳

b0524-2 石原1・14号墳

b0524-3 石原15号・とうかん山古墳

2. 広瀬古墳群
 石原古墳群の西方に分布しているのが広瀬古墳群である。おとうか山古墳から西に徒歩3分、南に徒歩2分ほどで富士浅間神社が見えてくる。この境内に広瀬11号墳がある。径15mの円墳だ。そこから水路沿いの小路を3分ほど歩けば畑の中に小さな円墳がある。広瀬10号墳、径6m、墳頂に祠が祀られている。
 住宅地の中の道を北~西~南と進み国道140号に出ればすぐに円通寺が見えてくる。その前の小路を西に進み、県道335号に出て北に進めば、左手に山王塚古墳、別称広瀬4号墳がある。径25mの円墳、6世紀後半~7世紀の築造と推定。墳頂には山王社の祠が祀られている。
 山王塚古墳の西側に宮塚古墳がある。上円下方墳で下方部は辺19-20m、上円部は径8m、7世紀末の築造と推定。国の史跡に指定されている。下方部を1周する遊歩道があり、上円部の構造がよくわかる。
 宮塚古墳の西側に円墳2基が並んでいる。手前が広瀬1号墳、墳丘の大半が削平されている。奥に広瀬2号墳、緑とともに墳丘が残る。共に規模不詳。
 広瀬1・2号墳の南側、国道140号に出て東に歩く。運動公園前交差点から県道385号を南に歩けば、洋食レストラン・學(まなぶ)の瀟洒な店舗がある。ここで昼食。なかなかの繁盛店、期待に違わぬ洋食の味であった。

b0524-4 広瀬11・10号墳

b0524-5 山王塚・宮塚古墳

b0524-6 広瀬1・2号墳・學

3.明戸駅~龍泉寺
 レストラン・學から徒歩7分ほどで秩父鉄道・ひろせ野鳥の森駅へ。ここで岩瀬さんは帰路に。残り2名は三峰口駅行きの電車で2つ目の駅、明戸へ。明戸駅から北~北東に歩く。この一帯は深谷市瀬山地区である。駅から徒歩7分ほどで瀬山八幡神社がある。創建年代不詳。当地の鎮守。毎年10月に催される屋台囃子・庭場の儀は市無形文化財に指定されている。
 北に歩き、水路を渡れば熊谷市三ヶ尻(みかじり)地区に入る。すぐ先に国道140号、渡れば踏鞴(たたら)薬師堂がある。東側にある観音山は古くは鉄山と呼ばれ、露天掘りの跡が残るという。お堂に掲げられた扁額を見れば第二十九代式守伊之介とある。どんなご縁があったのだろう。
 東に数分歩けば、やねや塚古墳がある。径23mの円墳で、上越新幹線建設に伴う発掘調査の後、当地に移築・復元された。6世紀後半築造と推定。
 そこから北に歩けば秩父鉄道の貨物線がある、主な貨物はセメントである。線路に沿って北東に進むと右手に二子山古墳が見えてくる。全長55mの前方後円墳、6世紀頃築造と推定。前方部は貨物線建設でかなり損壊している。
 南側に見える観音山を東側から迂回すれば、真言宗豊山派の寺院、少間山龍泉寺がある。通称・三ヶ尻観音、境内の観音堂にお詣りし、観音山に登る。

b0524-7 八幡神社・薬師堂

b0524-8 やねや塚・二子山古墳

b0524-9 龍泉寺・観音山

4.五反林1号墳~阿諏訪野古墳 
 龍泉寺からタクシーで秩父鉄道大麻生駅へ。そこから秩父鉄道で熊谷駅へ。熊谷駅北口から国際十王バス・東松山駅行きで約20分、東松山病院で下車。
 このあたりは東松山市岡地区である。畑の中の道を5分ほど進めば五反林1号墳がある。3基の円墳で構成された五反林古墳群の内、残存1基、径20m。
 さらに畑の中の道を東~南~東に進む。徒歩約7分、熊谷市箕輪地区に入る。大きな空地に小高い塚が横たわっている。とうかん山古墳、全長74mの前方後円墳、6世紀中頃の築造と推定。前方部上に金毘羅社の祠が祀られている。原型をよく留めており、県の史跡に指定されている。
 東に徒歩約5分、曹洞宗の寺院、箕甲山保安寺がある。慶長18年(1613)創建、境内には80種・1300本の紫陽花があり、あじさい寺として知られる。
 保安寺から南に進む。県道307号を渡り、東に曲がれば阿諏訪野古墳がある。径18mの円墳、築造年代は不詳である。

b0524-10 五反林1号・とうかん山古墳

b0524-11 保安寺・阿諏訪野古墳

5. 楓山古墳~東松山駅界隈
 阿諏訪野古墳から南に徒歩5分ほど。畑の中にマウンド状の土塊がある。前方後円墳、楓山古墳の墳丘の一部。現状の規模は東西9m、南北11m、5世紀末~6世紀前半の築造と推定。原型の規模は不詳である。
 さらに南に歩く。西側に小高い森が遠望できる。径90mの円墳、甲山古墳である。6世紀第3四半期の築造と推定、円墳として全国で第4、県内ではさきたま古墳群丸墓古墳に次いで第2の規模である。
 西に下る坂を降り、甲山古墳を目指す。行く手左側に発掘現場とおぼしき箇所があった。近づいてみれば、「ただいま堅木岡(かたぎおか)東遺跡の発掘中です」との案内板。作業の人はいなかった。新たな発見があるといいが。
 さらに西に進み、県道257号、国道407号を横切れば、冑山(かぶとやま)神社の鳥居が見えてくる。冑山神社は社記によれば創建は慶長13年(1608)、村人が胄山を発掘し剣・鏡・五躯玉・土偶・土馬などが出土、間もなく村に病がはやり、祟りを鎮めるため頂上に八幡神を祀った。明治初年に現社名に改称された。境内全域は甲山古墳上にあり、墳頂には今も八幡社が鎮座している。その本殿は市の文化財に、冑山古墳は県の史跡に指定されている。
 冑山バス停から、国際十王バス・東松山駅行きに乗り、終点で下車。東松山駅西口に出て徒歩数分の箭弓(やきゅう)稲荷神社へ。そこから北へ徒歩3分ほど、中華厨房・ 紅豚(ホンツー)での宴で今日の締めとした。

b0524-12 楓山古墳・堅木岡東遺跡

b0524-13 甲山古墳・冑山神社

b0524-14 箭弓稲荷・紅豚

所 感
 毎夏、猛暑の名所として知られる熊谷市。この日は曇り空で直射日光を受けることもなく、散策日和であった。石原古墳群、広瀬古墳群とも、住宅地の中に点在した古墳という印象であったが、熊谷市三ヶ尻地区、箕輪・冑山地区とも農地のが主体の地域であった。今回、整備されれば良好な古墳公園となるような地点が散見された。石原4・5号墳、とうかん山古墳などである。特に、後者は県の史跡に指定されているだけに、期待がもてる。      (幹事・柳沢記)


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