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旅たび倶楽部 第35回部録

2016.01.22.16:02

新春の川越界隈・古墳巡り

2016年1月16日(土)晴れ

 小江戸蔵の町、サツマイモや駄菓子でも知られる関東有数の観光地・川越。そのもう一つの顔、それは古墳群の存在である。川越市街の南西、西武新宿線・本川越駅一駅手前の南大塚駅周辺に南大塚古墳群、川越市街東側に仙波古墳群がある。共通した特徴は、殆どが寺社の境内にあり、その中の多くは古墳の頂に神社の社殿が建立されていることだ。今回は、南大塚駅をスタートし、古墳を中心として史跡を巡った。快晴で風もない好天に恵まれ、充実した街歩きができた。

参加者: 柳沢道生、岩瀬 翠(集合写真順)

集合写真: 仙波河岸史跡公園(川越市仙波町4丁目)にて

b0116-0 仙波河岸史跡公園-集合

1.南大塚古墳群
 10時45分、南大塚駅に集合。西に徒歩約5分で国道16号に出る。国道を渡り、路地を北に入ると大袋新田愛宕神社がある。社殿は南大塚古墳群に属する愛宕側古墳の上に鎮座している。南大塚古墳群は前方後円墳2基、上円下方墳1基、円墳17基が確認されているが、現状、消滅、あるいは半壊しているものも多いという。愛宕側古墳は径15mの円墳であり、県の重要遺跡に指定されている。
 神社の北側は入間川街道、片側1車線の昔ながらの道だ。東に数分歩くと福昌寺がある。山号は寶林山、曹洞宗の寺院。文化文政期(1804-29)に編纂された新編武蔵風土記稿に元和元年(1615)に没した鑑應が開山との記事があるという。
 福昌寺から南下、16号を渡り東に歩くと丸亀製麺川越店がある。ここで昼食。食事後、再び16号を東に。南大塚交差点の北側に南大塚菅原神社の鳥居が見え、その東側に西福寺山門がある。本宮山西福寺、天台宗の寺院だ。境内では毎年成人の日の前日、県指定重要民俗文化財・餅つき踊りが催される。行事の最後に、隣の菅原神社まで臼を綱で曳きながら餅をつくので、ヒキズリモチともいう。
 菅原神社に参詣。南北朝時代(1336-92)の創建と伝わる。社殿裏側に菅原神社東古墳がある。南大塚古墳群の一つ、径20mの円墳、県の重要遺跡に指定。
 菅原神社の北側は入間川街道、東に歩けば前方は関越道の高架、これをくぐってさらに数分歩けば右手に緑の丘が見えてくる。南大塚古墳群に属する山王塚古墳、東日本最大の上円下方墳、方形部約63m、円形部径約47m、全高4.5m、7世紀中頃築造と推定される。県重要遺跡、市史跡に指定。小道があり、登ることができる。墳頂には古墳名の由来となった山王社の小さな祠があった。

b0116-1 愛宕神社-福昌寺

b0116-2 西福寺-菅原神社

b0116-3 菅原東-山王塚

2.富士浅間神社~仙波河岸史跡公園 仙波古墳群①
 入間川街道に戻り、東にやや歩けば豊田町2丁目バス停がある。ここから、コミュニティバス・川越シャトルに乗り10分弱、川越駅西口で下車。駅前からJR八高線沿いに南に歩き、踏切を渡って徒歩約5分、国道16号北側に緑が繁る。富士浅間神社だ。康平年間(1058-64)に源頼義が創建したと伝わるこの神社の社殿は、仙波古墳群に属する浅間神社古墳の頂に鎮座している。
 仙波古墳群は前方後円墳2基、方墳1基、円墳3基、全て現存ただし一部に損壊があるという。浅間神社古墳は東西36m、南北38m、高さ6mの円墳。築造年代不詳。母塚・女塚とも呼ばれている。石段を上って参拝、社殿の裏に富士山の溶岩が円錐状に積まれていた。これがご神体のようだ。噴火口のレプリカもあった。
 国道16号を北に進むと、右手に緑の丘が見えてくる。仙波愛宕神社だ。平安時代創建と伝わるこの神社の社殿は、仙波古墳群に属する愛宕神社古墳の頂に鎮座している。愛宕神社古墳は東西42m、南北46m、高さ6mの円墳。築造年代不詳。浅間神社古墳の母塚・女塚に対応して父塚・男塚とも呼ばれている。
 境内の北側、古墳の裏手にある元久元年(1736)に建立された延命地蔵尊にお参りし、崖を下りると仙波河岸史跡公園がある。仙波河岸は新河岸川水運の最上流の河岸として栄えた。緑と水に恵まれた園内には、ウッドデッキがめぐらされている。仙波の滝跡、仙波河岸跡を巡り歩く。蠟梅がもう開花していた。

b0116-4 富士浅間神社

b0116-5 仙波愛宕神社

b0116-6 仙波河岸史跡

3.仙波氷川神社~三変稲荷神社 仙波古墳群②
 仙波河岸史跡公園北側出口を出て、国道16号下のトンネルを潜り、やや北に行けば仙波氷川神社がある。当地の豪族・仙波氏が延久元年(1069)に創建したと伝わるこの神社、社殿は平地に鎮座しており、その前に塚がある。これが仙波古墳群に属する氷川神社古墳だ。径15mの円墳、築造年代は不詳である。
 国道16号西側の住宅地の中を北に向かい、国道に出たところに天然寺がある。山号は自然山、天台宗の寺院だ。平安時代に慈覚大師が創建したと伝わる。境内は美しく整備され、小ぶりの蠟梅が開花していた。水琴窟があり、その竹筒に耳をあてると荘厳な音色が聞こえた。小江戸川越七福神の寿老人を祀っている。
 また国道16号西側の住宅地の中を北に歩く。徒歩約5分、川越観音の案内がある。冷水山長徳寺、ここも天台宗で平安時代に慈覚大師の創建と伝わる。観音堂には白衣観世音菩薩坐像が祀られる。川越観音霊場の正観音、川越観音の通称で信仰を集めている。境内は仙波氏の館跡とされ、市の史跡に指定されている。
 長徳寺北側の出口を西に折れ、すぐに北に向かった徒歩7~8分、道路西側の林の中に神社がある。三変稲荷神社、喜多院が管理しているこの神社の社殿は、仙波古墳群に属する三変稲荷神社古墳の上に鎮座している。三変稲荷古墳は辺25m、高さ3mの方墳、築造時期は4世紀後半と推定され、県内でも最古級の古墳とされる。境内は市の史跡に指定されている。

b0116-7 氷川神社-天然寺

b0116-8 長特寺-三変稲荷

4.仙波東照宮~日枝神社 仙波古墳群③
 三変稲荷神社前の道を北に向い、二つ目の辻を西に折れる。川越総合高校の北端を過ぎればほどなく、仙波東照宮である。天海僧正が寛永10年(1633)喜多院内に創建、徳川家康を祀る。日光・久能山とともに三大東照宮と呼ばれる。本殿、瑞垣、唐門、拝殿及び幣殿、石鳥居、随身門などは国の重文である。境内に茶屋がある。お参りもそこそこに、開運だんごをいただき、しばし休憩。
 東照宮のすぐ北側、喜多院境内になだらかな丘があり、上にお堂がある。家康のブレーンとされ、喜多院の住職を務め、慈眼大師と諡号された天海僧正を祀った慈眼堂である。お堂の建つ丘は仙波古墳群に属する慈眼堂古墳だ。全長45m、高さ5.4mの前方後円墳、築造時期は7世紀初期と推定されている。
 慈眼堂の北側に喜多院本堂がある。元々、天長7年(830)創建と伝わる天台寺院、星野山無量寿寺の北院であった。中院は仙波東照宮の建立に伴い南に移転、南院は明治初年に廃された。寛永15年(1638)川越の大火後、江戸城より客殿・書院を移築し再建された。通称・川越大師、小江戸川越七福神の大黒天を祀る。客殿・書院・庫裏・慈眼堂・山門他が国の重文に指定。本殿前の境内には露店が並んでいた。だるま屋の「川越大師喜多院指定販売所」の布看板が目を引いた。
 喜多院山門の東側に仙波日枝神社がある。東京千代田区の日枝神社の本社で無量寿寺の創建時にその鎮守として建立されたという由緒がある。本殿は国の重文に指定。正面からはよくわからないが、喜多院側から見れば、古墳の形が見てとれる。仙波古墳群に属する日枝神社古墳、前方後円墳の前方部が残る、規模不詳、築造時期は6世紀中頃と推定される。多宝塔古墳、門前古墳の別名がある。

b0116-9 東照宮-慈眼堂

b0116-10 喜多院-日枝神社

5.大正浪漫夢通り~川越一番街
 喜多院門前の通りを北に歩くと、県道15号・川越日高線との丁字路に出る。ここで県道を西に歩く。南側に成田山川越別院の伽藍、周囲は昔ながらの商店街である。二つ目の信号、松江町交差点の先で路地を北に入る。路地を出たところが大正浪漫夢通りの南端にあたる。元の川越銀座商店街。平成7年(1995)アーケードを撤去、店舗を町屋造りや洋風看板建築とし、御影石の石畳を敷き、電線を地中化して大正風の街並みを実現した。200m程の間に約30の個性的な店舗が並ぶ。
 店頭のコエドビールの幟に引寄せられ、町屋造り・煉瓦の卯建がモダンな酒店・伊勢源に入る。コエドビールをここで味わえればと尋ねてみたら、ご主人が答えて曰く、ここでは難しいが、色々揃った好い店が近くにあるとのこと。それではと地酒・鏡山を購入、地ビールはその店でいただきましょう。
 大正浪漫通り北端、川越商工会議所のクラシックなビルが目を引く。ここで左折、蔵造りの山崎美術館を北側に見ながら進めばすぐに仲町交差点。お目当ての店はここから川越一番通りを北に数軒先にある。アートカフェ・エレバード、モダンレトロなビルにある。店内に入れば満席、コエドビールはそんなに人気か?と眺めれば大方の席にはコーヒーなどが置かれていた。そうか、ここはカフェなんだ。しばし待ち、二階席に案内される。メニューを見れば6種類のコエドビール、瑠璃・伽羅・毬花・白・漆黒・紅花。折角だからと、2人で手分けし、それなりのアテで3種ずつを堪能、本日の散策の締めとした。

b0116-11 大正夢通り

b0116-12 cafe エレバート

所 感
 二人とも川越には幾度か足を運んでいた。だから今回は時の鐘、蔵造り資料館界隈、駄菓子屋横丁などの人気スポットはパス。余り観光客とは縁のない南大塚地区や、川越市街の東側界隈を巡った。古代の古墳、中世以降の寺社、近世~近代にかけての河岸跡など、数々の史跡が自然の中に重層的に残っていた。知られざる川越の魅力に出会えた。天候にも恵まれ、締めの地ビールも旨かった。
 なお、南大塚餅つき踊りは平成23年(2011)1月9日に、野崎さんと見物した。おじさん達の様々な技は面白く、地元女子中学生の健気な姿に魅せられた。参考までに、当日の写真も掲載しておきたい。       (幹事・柳沢 記)

b0116-13 餅つき-1








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