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旅たび倶楽部 第29回部録

2015.06.29.23:43

黄金の井戸の街 小金井を歩く

2015年6月27日(土)  曇り

 国分寺崖線(がいせん)については、2013年3月23日・第13回部会で下流側の世田谷区を、同年11月23日・第18回部会で上流側の武蔵国分寺周辺を訪れた。 今回は中流部分の小金井市南部を巡った。小金井市は黄金の井戸が地名の由来、湧水に恵まれ古から開けた地であり、今なお緑豊かな環境である。

参加者: 岩瀬 翠、野崎芳信、柳沢道生、弓 裕美(集合写真順、弓が撮影)

集合写真: 武蔵野公園、くじら山にて

b0627-0n くじら山-集合

1.湧水の道~貫井神社
 国分寺駅南口のバス停に集合、11時のぶんバス・国分寺市が運行するコミュニティ・バスに乗る。若干の空席があったものの、途中のバス停から、どんどん人が乗ってきた。貫井南四丁目バス停で、やっとのことで降り、北へ歩けば数分で野川・鞍尾根橋に出る。草で覆われた川原を見ると、マガモの群れ6羽。1羽は全体を見張っていた。これが親での残りが大きくなった子ガモのようだ。
 川べりを東・下流側に歩くと、左手に細長く続く空地があり、ナズナだろうか、野草の白い花が真っ盛りだ。ここは、河川改修前の野川の旧流路。湧水の道という遊歩道である。ここを歩くと、途中から左手に細い水路が現れる。貫井神社境内の湧水が野川へと注いでいるのだ。
 野川に戻り、北に歩けばすぐに貫井神社だ。手前に保育園があり、今日は運動会のようだ。貫井神社は天正18年(1590)創建。武蔵国多摩郡貫井村の鎮守、江戸時代は貫井弁財天と呼ばれ、社殿前には弁天池がある。明治になり貫井神社と改称された。日照りの際に雨乞いをすると、必ず雨が降るとの言い伝えがある。境内の湧水は東京の名湧水57選の29に選定されている。 

b0627-1n 湧水の道

b0627-2 貫井神社

2.三楽の森公園~滄浪泉園
 貫井神社に東に貫井山真明寺がある。真言宗豊山派の寺院。永禄12年(1539)に中興され、延宝6年(1678)尊祐法師が当地へ移したと伝わる。江戸時代には貫井弁財天の別当寺で神仏習合の形をとっていた。寺の東側の坂、国分寺崖線を上る。路地を曲がると三楽の森公園がある。
 大正時代に前田家の別荘があり、新潟から移築した立派な木造建物があったが、火災で焼失した。現在は小金井市が管理し、公共緑地として一般に公開。国分寺崖線の上に広がる緑地、芝生の周りの雑木林にはケヤキなどの巨木が鬱蒼と茂っている。看板に昆虫や小動物の生育を助ける仕掛けの例、カントリー・ヘッジ(自然素材の柵)、蜂宿、石積み、丸太積み、が図示されていた。
 三楽の森公園から路地を北に進むと連雀通りに出る。通りを東に歩くと数分で、小金井警察署前交差点。南北に通る新小金井街道と交わる。その先、通りの南側に大きな屋敷門がある。滄浪(そうろう)泉園、大正~昭和初期の実業家・政治家・波多野承五郎の別荘であった。名称は犬養毅が中国の「楚辞」より引用し命名。この庭園を昭和52年(1977)東京都が買収し、小金井市が整備・公開している。庭内の湧水は東京の名湧水57選の30に選定。こちらの庭園は国分寺崖線の上と下にまたがり、崖の下には湧水からの水をたたえた古池がある。 

b0627-3 三楽公園-滄浪泉園

3.びぜん屋~黄金の井戸
 滄浪泉園から連雀通りをさらに東へ。小金井市役所前を北に曲がり、やや歩くと、びぜん屋がある。東京では珍しい長崎県名物五島うどんの店。五島うどんは延ばしと熟成を繰返し、天日干した後に椿油を塗った細めの麺が特徴だ。人気店なのだろう。行列ほどではないが、一組待ち状態。5~6分待って店内へ入る。ぶっかけ玉とろうどんと鶏ごはん小をオーダー。冷えた麺の喉越しが好い。この味とボリュームで千円でおつりがきたのは嬉しい。
 連雀通りに戻り、また東に向かう。2つ目の信号が前原坂上交差点。ここで南北に通る小金井街道と交わる。北に向えば小金井駅で出る。交差点を超えると路地に小さな祠と井戸が見える。六地蔵・黄金の水である。
 前原坂上交差点はかつて、東西に延びる江戸道・現連雀通りと南北の志木街道・現小金井街道等が交わる六つの辻であった。当地で人が迷わないよう、また安全を祈願し宝永4年(1707)六地蔵を造立。この地蔵は、一柱に六体の地蔵が彫られている。敷地内の黄金の水は、当地の地名・小金井の語源となった「黄金の井戸」にちなんで、平成16年(2004)に商店街活性化の為100m程の井戸を掘り、良質の地下水が湧出した。500円の蛇口水栓を購入・登録すれば水を利用でき、市内では沢山の飲食店がこの水を使用している。少量であればプッシュ式の蛇口から無料で飲用できる。期待してプッシュしたが水は出ない。見れば看板に『故障中です』の貼り紙があった。残念。

b0627-4 びぜん家

b0627-5 黄金の井戸

4.金蔵院~はけの道~小金井神社
 前原坂上交差点の一つ東の信号を南に曲がり、進むと坂になる。国分寺崖線である。坂を下りるとお寺がある。天神山金蔵院、真言宗豊山派の寺院である。創建年代は不詳だが永禄9年(1566)寂の阿闍梨堯存が中興。当地は湧水に恵まれ古くから人々が定住、小金井発祥の地とされる。明治6年(1873)当地に小金井初の公立学校・尚絅(しょうけい)学舎・後の小金井小学校が設置される。明治34年(1901)小学校移転後、大正11年(1922)まで小金井村役場として使われた。
 金蔵院の門前から東に向かう小路には、はけの道という愛称が付いている。一見すれば両側に住宅が並んでいる普通の道だ。少し歩いた南側に草地がある。「キンヒバリの里」の案内板。森の湧水からの水路が通り、コオロギの仲間・キンヒバリや多くの在来生物が生息しているという。さらに進めば道の北側の緑が濃くなる。行って見れば「はけの森」の案内板。都内初の東京都区市町村保存樹林等公有化資金貸付制度により保存された緑地とあった。さきほどのキンヒバリの里と一体に「小金井 はけの森 キンヒバリの里」として、関東水と緑のネットワーク拠点百選に選定されている。
 はけの道から南の路地に入る。通りに出て東にやや行けば小金井神社がある。創建年代は不詳だが、当地周辺を開拓した元久2年(1205)に里人が天満宮を祀ったと伝わる。古くから小金井村の鎮守で、明治3年(1870)小金井神社と改称した。社殿裏の鎮守の森にも見事な巨木が多い。拝殿前には夏祓い茅の輪くぐりの輪。流行り病や熱中症などにならぬよう、しっかりお祓いする。

b0627-6 金蔵院-キンヒバリの里

b0627-6b はけの森-小金井神社

5.はけの森美術館~はけの小路
 はけの道に戻り、東に向かう。小金井二中を過ぎると果樹園があり、前方に森が見えてくる。この森が、はけの森美術館の敷地だ。洋画家・中村研一(1895-1967)の旧邸。間3~4回の展示替により所蔵作当館は中村を中心とした日本近現代の絵画、陶芸、資料等約800点を所蔵し、年品展、企画展を開催しているが、只今は展示の整理中で閉館とのこと。
 中村邸の庭であった美術の森緑地には旧居と茶室が残され、旧居はオーブンミトン・カフェはけの森に改装されている。幸いこちらは営業中であった。洋菓子と飲物のセットで小休止。そして庭・美術の森を散策。庭内には湧水の池があり、東京の名湧水57選の31に選定されている。 
 美術館の前から南に狭い道。傍らの石に「はけの小路」と刻まれている。先ほどの湧水地からの水を、野川に注ぐ流路なのであろう、溝がある。道なりに歩いて行くと、ほどなく野川に出た。

b0627-7 はけの森美術館

b0627-8n 湧水-はけの小路

6.武蔵野公園~むじな坂・地蔵塔
 野川に沿って東に歩く。数分で新小金井橋に出る。橋の向こうに壮大な緑地が広がる。都立武蔵野公園、野川沿いに残る草原や雑木林を配した、野趣に富んだ公園。面積約24万平米昭和39年(1964)に開園した。橋を渡って進むと、通称・はらっぱ。白い野草の花、ヒメジョオンの群生、所々にノアザミの可憐な紫が交る。はらっぱの向こうに丘がある。標高53.3mのくじら山、ここで集合写真。その後、まさに武蔵野を偲ばせる雑木林を散策、再び野川の畔に出る。
 野川の北側には遊水地が広がる。西へと歩き、丸い釣池の先で北に折れると、はけの道の続きに出る。このあたり、崖側は雑木林・竹林、川側は河川敷の草地とかつての姿を留めているようだ。草地の一隅に石碑があった。「小金井水田跡地」と刻されていた。この草地、昭和45年(1960)まで水田であったのだ。
 はけの道をさらに西に歩く。うす暗い階段の下に、「むじな坂」とある。戦後、大岡昇平がこの横の富永家に1年弱滞在、恋愛小説・武蔵野夫人の舞台となり、ハケの地形が有名になった。元々ハケ上の農民がハケ下の水田に通う坂であり、現在は70段の階段となっている。
 むじな坂を上り、住宅地の路地を北に歩く。道の傍らに小さな祠、三体の石像、案内板を見れば真ん中が享保元年(1716)造立の地蔵塔、両脇に文化二年(1805)造立の地蔵塔と庚申塔が並ぶ。享保の地蔵塔は加茂下忠右衛門他が寄進したとある。そういえば、はけの森美術館前には鴨下農園があり、近くに鴨下邸もあった。加茂下さんのご子孫なのだろうか。

b0627-9 はらっぱ-水田跡碑

b0627-10 むじな坂-地蔵塔

7.東京農工大科学博物館~東小金井駅
 路地をそのまま北に進むと農工大通りに出る。北側には東京農工大工学部キャンパスが広がる。東に少し歩けば正門、構内の並木道が見事だ。正門東側に東京農工大科学博物館がある。明治19年(1886) 東京農工大の前身・農商務省蚕病試験場の参考品陳列場として開館。明治期、日本最大の輸出産業を支えた技術的基盤、養蚕や製糸に関する資料や錦絵を展示している。1階では、埼玉川の博物館主催の巡回展「土ってなんだろう?」が開催されていた。受付前に自販機があった、見ればお土産のチケットを売っている。ここで東京農工大産小麦・あやひかり100%使用の、ひもかわうどんを購入した。
 農工大通りを東に歩くと、東大通りと交わる。その西側に栗山公園がある。各種の遊具、ゲートボールや野球が出来るスペースや健康運動センターのある多目的な公園。園内の一隅で阿波踊りの稽古。8月下旬に開催される高円寺阿波踊りに向けて地元の連の稽古だろう。若者が多いが、身のこなしは板についていた。
 東大通りを北進し、2つ目の信号で東に折れ、数分歩くと東小金井駅前通りに出る。そこに瀟洒な店舗、黄金やである。 小金井の商業・農業・工業事業者の駅前支店として平成23年(2011)オープンしたタウンショップ。ここで購入したのは地場産の野菜、甘長とうがらしとルバーブであった。
 近くにある筈の予定の店を探すと、改装中の貼り紙。やむなく東小金井駅前を探索し、駅至近の「さかなや道場」に腰を落着ける。飲み放題は学生980円、一般1200円か1500円とリーズナブル。飲み物は1200円とし、始めは鮮魚中心、そのうち何でもアリのアテをオーダー。7時から名物マグロ解体ショーとのアナウンス。しかし、エンドレスとなっても困る。ほどほどの時間にお開きとした。

b0627-11 博物館-栗山公園

b0627-12 黄金や-さかなや

所 感
 当日まで天候が気にかかっていた。数日前の予報では、全国的に雨、一部では豪雨も予想された。前日の予報では南関東は午前中雨、午後から曇り、ところにより雨であった。当日、出がけに雨はあがっていた。新宿に向かう電車の中から見ると、高層ビル群には霧がかかっていたが、西の空は明るかった。ほっとした。結局、雨に降られることはなかった。
 貫井神社の弁天様に、雨乞いとは逆のお願いをした。そのせいか、天気は保ったが、小さな残念が3回あった。まず、黄金の井戸の故障。次にはけの森美術館の展示クローズ。そして、夕食予定店の改装中。逆に、思わぬ発見もあった。小金井 キンヒバリの里 はけの森、小金井水田跡の碑、享保の地蔵塔・文化の地蔵塔と庚申塔である。コース選定時に主要な見所はチェックするが、現地でこのようなポイントに巡りあえるのは、また楽しい。小さな残念を上回って、余りある発見であった。これは、弁天様の御慈悲だろうか。    (幹事・柳沢記)

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