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旅たび倶楽部 第15回部録

2013.05.07.11:20

2013年4月27日(土) 晴れ

羽村市・水の史跡とチューリップ祭り、玉川上水緑道散策


玉川上水取水堰で名高い羽村市、市の大半が多摩川河岸段丘に位置し、古来水に恵まれ関連する史跡も多い。また、江戸時代には水陣屋に幕府の役人が常駐し、江戸文化がいちはやく伝わり、優れた建築物も多い。チューリップ祭りも終盤のこの日、羽村市を巡った後、西武拝島線玉川上水駅で下車。玉川上水緑道、清流復活の碑から、川越道緑地へと足を延ばした。

参加者: 柳沢道生、弓 祐美、岩瀬 翠、野崎芳信(集合写真順)

集合写真: 多摩川に架かる人道橋・羽村堤下橋にて、後方は羽村大橋


b0427-0 集合


1.まいまいず井戸と馬の水飲み場跡
 青梅特快の車内で集合、午前11時前に青梅線羽村駅着。駅北口すぐの五ノ神社(ごのかみしゃ)へ。19世紀中頃に、地元の宮大工・小林藤馬が造った社殿は市の文化財。境内に、まいまいず井戸がある。まいまいず、とはカタツムリのこと。地面を垂直に掘る技術の無かった時代、カタツムリのように螺旋形に地面を堀進んだ。大同年間(806-10)造と推定。直径約16m、深さ約4m、底まで降りられる。昭和37年(1962)まで使用されていた。東京都の史跡。同様の井戸は青梅市新町、府中市市民の森にも残る。
 羽村駅に戻り南口に出る。南西に歩くと観光案内所があった。市内の地図をいただく。さらに進み、都道29号を越えると下り坂にさしかかる。右手の小高い緑地には稲荷神社が鎮座している。ここの社殿も小林藤馬の造、弘化3年(1846)建立。神社脇の坂は通称・寺坂、その中ほどに、馬の水飲み場跡がある。かつて駅へと荷物を運んだ馬車を曳き、坂を上ってきた馬は、ここで一休みし、喉を潤したという。

b0427-1 まいまいず・馬の水飲場
     羽村駅前、五ノ神社境内、まいまいず井戸                羽村市寺坂、稲荷神社脇、馬の水飲み場跡      

2.禅林寺~東(あずま)会館~水神社・水陣屋門~禅福寺
 寺坂を下りると左手に大きな寺院。東谷山禅林寺、臨済宗建長寺派、文禄2年(1593)の創建である。羽村市出身、長編小説・大菩薩峠の作者・中里介山の菩提寺で、墓所がある。山門は文久2年(1862)に建立された。
 道なりに西に歩くと数分で右手にカリヨン・洋風鐘楼のある和洋折衷の建造物が見えてくる。教会と思いきや、地区の集会所・東会館である。さぞや由緒ある建物では、と思い調べてみたが、平成8年(1996)築とのこと。意外に新しいものであった。
 南に歩くとすぐに水辺に出る。玉川上水である。上水沿いの道は奥多摩街道、北西に歩けば右手にお社と茅葺き建築が見えてくる。お社は水神社、承応3年(1652)、玉川上水の完成を機に江戸水道の守護神として建立された。境内の、龍を思わせる松の造形が見事だ。茅葺き建築は、玉川上水の管理にあたった羽村水陣屋の門。陣屋の跡地には同様の業務を継承した、東京都水道局羽村取水所の事務所が設置されている。
 奥多摩街道は水神社の先で水辺から離れる。そのまま北西に歩き約5分、小路を入るとお寺の入口。妙徳山禅福寺、臨済宗建長寺派。応安5年(1372)、将軍足利義満が建長寺の無二法一禅師を開山として、広大な寺領を与えたのに始まるとされる。江戸時代にも幕府より高十三石の朱印が与えられ、諸役免除されたという。奥多摩街道旧道に面して建つ、寛正3年(1462)建立と伝わる山門・茅葺き四脚門は、市内で唯一の中世建造物として羽村市の有形文化財に指定されている。


b0427-2 禅林寺-東会館
        禅林寺山門、文久2年(1862)建立                カリヨンが特長の和洋折衷建築、東会館 

b0427-3 水神社-禅福寺
         左・水神社、右・羽村水陣屋門                   禅福寺山門、伝・寛正3年(1462)建立 

3.根がらみ前水田・チューリップ祭り会場~一峰(いっぽう)院~中車水車小屋
 禅福寺茅葺き門の前の道・奥多摩街道旧道を北西に歩く。数分で視界が広がる。前方には羽村市で唯一の水田・根がらみ前水田が見える。昭和63年(1988)、花いっぱい運動の配布用に、裏作としてチューリップ球根の栽培を開始。現状、約33品種、約40万球もの関東最大級のチューリップ畑となった。チューリップ祭りは終盤、7割位はすでに球根が収穫された様子。それでも残ったチューリップは見応えがあった。
 根がらみ前水田の北西には鬱蒼とした木々、龍珠山一峰院、ここも済宗建長寺派の寺院である。応永31年(1424)、青梅勝沼城主三田将定(まささだ)の開基。禅宗様式の高欄を有する鐘楼門は江戸末期建立、これも小林藤馬の造、羽村市の文化財。玉川上水の非常出水の際に、人々を集めるため楼上の鐘を鳴らした。境内に湧水があり、湧水池を成し、かつては地域の生活用水であったという。
 根がらみ前水田に戻り、臨時の売店で買い物の後、田んぼの南側にある中車水車へ。1階は食事処・のんびりカフェ、2階はレンタルスペースに改装。今でも水車で不定期に小麦を挽き、挽いた粉で作った手打ちうどんを供す。ただし、チューリップ祭り期間は、人手の問題があり、日替わりランチのみ。当日はマグロ漬け丼かカレーライスのチョイスであった。ここで昼食をいただき、喉を潤す。


b0427-4 根がらみ前水田-一峰院
       根がらみ前水田、チューリップ祭り会場                   一峰院鐘楼門、江戸末期建立

b0427-4b 中車水車
             中車水車、外観                              中車水車、内部機構

4.玉川上水羽村取水所~羽村取水所園地~羽村堤下橋
 水車小屋から南に歩けば、多摩川の土手に出る。河川敷は宮下運動公園。堤防上の道を南東に歩けば、左に羽村市水上公園・プール場がある。さらに進めば、前方に羽村取水堰が見えてくる。玉川上水開削時に設置され、固定堰と投渡(なげわたし)堰という柔構造の堰がある。投渡堰は洪水時、堰の中央部分の杭や粗朶(そだ・水を堰き止める部分)を、自ら壊して水を流し、堰の主要部分や周辺の地域を洪水から守る構造である。
 さらに進み、水神社脇までくると、玉川上水第一水門がある。ここから玉川上水が始まる。道路から階段を下りると羽村村取水所園地が玉川上水沿いにある。羽村取水堰の構造を示した案内や、玉川上水の開削を指揮し、幕府より玉川姓を賜った玉川兄弟(兄・庄右衛門、弟・清右衛門)の銅像があった。
 第二水門で玉川上水を渡り、多摩川と上水の間の園地を進むと、前方に橋がある。多摩川に架かる歩行者・自転車専用橋。羽村市玉川1丁目と同市羽を結ぶ羽村堤下橋である。羽村取水堰の全景が見渡せる。ここで集合写真を撮る。


b0427-5 取水堰-第一水門
     多摩川上流側堤防上から見た羽村取水堰・投渡席            玉川上水第一水門、玉川上水はここから始まる

b0427-6 銅像-堰全景
        羽村取水堰園地、玉川兄弟の銅像               羽村堤下橋から見た羽村取水堰全景・左側が固定堰

5.羽村市郷土博物館
 橋を渡り、多摩川南側の堤防上の道を上流に歩く。10分弱で羽村市郷土博物館に着く。館内には、多摩川とともに、玉川上水をまもる、農村から都市へ、中里介山の世界、企画展示室の5つのコーナーがある。野外には、旧下田家住宅、赤門、旧田中家長屋門が展示されている。旧下田家住宅は、羽村町羽西1丁目にあった弘化4年(1847)築の茅葺き入母屋造り民家を移築。当地の一般農家の姿をよく表し、原型を保持、この家の生活用具や養蚕用具等1210点も保存されている。建物と民具は国の重要有形民俗文化財。赤門は元中里介山記念館正門、江戸中期築、元々は武蔵国入間郡三ヶ島村・現埼玉県所沢市在住の幕府御殿医・眼科医の鈴木家屋敷門であった。記念館閉館後、中里家より羽村市に寄贈され、当地に移築復元された。旧田中家長屋門は八王子千人同心家の屋敷門。武蔵国多摩郡丹木村・現八王子市丹木町より移築復元。元は茅葺きであったが、防火上の理由から瓦葺に変更された。
 ここから羽村市のコミュニティバス・はむらん号で羽村駅に向かう予定であったが、大分時間を超過。はむらん号は概ね1時間に1便、かなり待つので、タクシーを呼んだ。


b0427-7 博物館-長屋門
         羽村市郷土博物館、エントランス                羽村市郷土博物館、野外展示、旧田中家長屋門

6.玉川上水緑道~川越道緑地~立川駅前 
 羽村駅から青梅線電車で拝島駅へ。ここで西武拝島線に乗換え、3駅目の玉川上水駅で下車。駅の南側にある玉川上水沿いを東に歩く。この道が玉川上水緑道である。三鷹市の牟礼橋から武蔵野市、小平市、立川市、昭島市を経由し、福生市の平和橋まで続く緑道、23.8kmが都立公園として整備されている。
 徒歩約10分、東京都水道局小平監視所の施設の先に、流路に下りられる階段がある。下りたところに清流のモニュメントと石碑があった。これは清流復活の碑、それまで汚れていた玉川上水に、多摩川上流の水を濾過し流す東京都の事業によって、昭和61年(1986)から清流が復活したことを記念したものである。
 階段を上がり、ロバの音楽堂脇の道を南下する。道路と交差、左に曲がれば川越道緑地方向だが、前方の林の中の道も好い。ここは直進、林を抜ければ畑の中の農道、この道も好かった。次の道路を左に。5分余り東に歩くと前方に林が見える。川越道緑地である。その一隅に茅葺きの古民家がある。川越道緑地・民家園、旧小林家住宅、旧砂川九番組に属した農家を移築復元した。主屋は嘉永5年(1852)築、立川市指定文化財である。閉園時間の16時30分をやや過ぎていたため、外観のみの見学とした。
 そこからさらに南下し、都道7号・五日市街道に出る。蔵などもある立派な農家が点在。ここを西に10分ほど歩けば多摩モノレールの砂川七番駅に出る。多摩モノレールで8分ほど、立川北駅で下車。JR立川駅北口の立体歩道を東に歩き、地上に下りて徒歩数分、旬菜炭焼玉河での夕食で当日の散策を終えた。


b0427-8 緑道-清流碑
                玉川上水緑道                            玉川上水清流復活の碑

b0427-8b 雑木林-農道
       玉川上水緑道~川越道緑地、雑木林の道               玉川上水緑道~川越道緑地、畑の中の農道

b0427-9 小林家-玉河
         川越緑道古民家園、旧小林家住宅                   JR立川駅北口徒歩数分、旬菜炭焼玉河

所感  
 天候に恵まれ爽やかな散策が楽しめた。羽村市は人口約5万7千人・東京都の市で最少、面積9.91平方km・東京都の市で3番目に狭い、という小さな市だが、見所の多いユニークな市であった。水の史跡シリーズでは、行っておきたいところであり、同じ行くならとチューリップ祭りに日程を合わせた。当日、花のピークは過ぎてはいたものの、人出はさほどではなく、かえってよかったのかも知れない。
 玉川上水緑道から川越道緑地の間、林間の道と畑の中の農道を歩いた。武蔵野の雑木林や、近郊農業で栄えたかつての砂川村の面影を体感できた。旧小林家住宅の閉園時間に間に合わなかったことは、もとより残念ではあったが、代わりにこんな小さな発見ができた。よしとしよう。                         (幹事・柳沢記)

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